日本財団助成事業「聴覚障害に関わる支援人材育成を目的とした遠隔手話教育システムの構築」
手話サポーター養成プロジェクト室

人材育成

日本手話スキル向上

「日本手話と日本語の違いを学ぶ」(I・II・III)、「聴覚障害児の心理特論」の授業の一部は、公開講座として受講体験することができます。


「日本手話と日本語の違いを学ぶ」(I・II・III)

1.授業の概要

「言語としての日本手話」(IA・IB・ⅡA・ⅡB)での学習をさらに発展させ、日本語から日本手話、日本手話から日本語への通訳トレーニング、プロジェクト学習、プレゼンテーション活動を通して、教育場面を中心とした日本手話の言語スキルとコミュニケーションスキルを高めていきます。
「日本手話と日本語の違いを学ぶ」(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)の授業は、厚生労働省手話通訳者養成基礎・応用・実践課程に相当しています。

2.学習の到達目標

・日本手話から日本語、日本語から日本手話への通訳において、情報を正確に伝えるための構文選択や文法使用、言語特性を考慮したわかりやすい表現方法を考えることができる。
・日本手話の基本語彙3,500語を習得する。
・ろう児・者の教育を含む社会生活全般に関わる場面の談話について、日本手話から日本語、日本語から日本手話に同時通訳ができる(厚生労働省手話通訳者養成カリキュラム実践課程修了相当)
・教育を中心に、福祉・医療・就労等の場面における談話の通訳に必要な知識(ろう児・者がよく利用する教育・福祉サービスの制度と内容、サービス利用に関わる諸問題など)を身につける
・ろう児・者へのコミュニケーション支援としての手段、人と人のコミュニケーションを通訳でつなぐ手段であることを意識した手話の使い方ができる

3.どんなふうにして日本手話を学ぶの?

言語運用能力は、文法的能力(grammatical competence)、社会言語的能力(sociolinguistic competence)、談話能力(discouse competence)、方略的能力(strategic competence)の4つの要素から成り立っています。これらの要素の1つ1つを高めるだけでなく、4つの要素が統合されていくように学習を進めていきます。

文法的能力

音声、語彙、構文、文法などの言語知識
→言語運用能力の基礎

社会言語的能力

その言語を使う社会の暗黙ルール、目的や相手、場面、状況に応じて表現を使い分ける能力

談話的能力

ひとまとまりの談話を、一貫性と結束性をもって表出する能力

方略的能力

聞き取れなかった(読み取れなかった)時、言いたいことを言えないと単語や表現が思いつかない時などの対応能力


1)日本手話ネイティブの手話表現と日本語表現の比較分析的学習
第二言語としての日本手話学習者や手話通訳者の手話表現には、母語/第一言語である日本語の負の転移(cross-linguistic influence)が多くみられます。例えば、バスに乗ってから財布がないことに気づいたという内容を伝えたいとき、日本手話では、腰をおろしてから財布がないと気づくまでの一連の行動や、財布がないことに気づいたときのショックの感情が、RS(referential shift)表現で語られます。一方、日本語には、そのような文法規則がありませんので、/バス 乗る 後 財布 ない 気づく/と、「バスに乗った後で財布がないことに気づいたのです」という日本語の文の語順に沿って手話単語で表出しようとしてしまいます。意味さえ通じればコミュニケーションとして成立してしまうこと、ろう者がコードスイッチング(言語の切り替え)をして相手の日本語に合わせてしまうこともあって、日本手話学習者や手話通訳者は、このような母語からの負の転移に気づかないまま、手話を表出していることが少なくありません。
そのため、授業の中で取り扱う日本手話表現は、日本語から日本手話への訳出も含めて、日本手話ネイティブのろう者のものをモデルとして使用しています。良い日本手話のモデルを用いることで、日本手話と日本語の言語形式・意味内容・言語機能の違いを深く理解し、適切な訳出を行う力、日本手話を運用する力を高めることができます。

2)反転授業による段階的学習と理解のための下地づくり
授業では、各回で与えられた素材文について、日本語から日本手話、日本手話から日本語への翻訳・逐次通訳・同時通訳を行いながら学んでいきますが、扱う素材文は、だんだんと長くなり、内容的にも複雑なトピックスに変わっていきます。日本手話のスキルが不十分な状態であると、理解できる手話単語を頼りに、手話を読み取ったり、表現したりすることで精一杯となってしまい、言語形式・意味内容・意味機能に注意を向けることができなくなってしまいます。
そこで、授業で扱う素材文については、手話で語られている内容について、(1)新しい語彙を学習する、(2)大意をつかむ、(3)翻訳をする、という3ステップに分けた事前課題に取り組みます。自分のペースで、手話を何回も繰り返しみて課題に取り組む過程で、ボトムアップ、トップダウン双方の認知処理プロセスを経て意味をしっかりと理解し、顔の表情や身体の動きに含まれる文法にも注意を向けることができるようになります。
授業前日には、素材文について、日本語文と、日本手話への訳出の際に、言語形式・意味内容・意味機能の観点から留意すべきことを記した資料が配布されます。まず、日本語文の解答と照らし合わせて、自分が読みとれていなかった手話表現の部分をチェックします。次に、日本手話訳出における留意ポイントが、日本手話の訳出の中でどのように表現されているのか、動画をみて学習します。
授業当日は、日本語文を見て、学習者自ら日本手話に訳出する演習を行います。顔の表情や身体の動きに含まれる文法やプロソディに注意しながら、教師と一緒に訳出表現を練習していきます。
このように反転授業を行うことで、言語形式・意味内容・意味機能における日本手話と日本語の違いを深く理解できる下地を作ったうえで、授業に臨めるようにしています。

3)通訳訓練法を取り入れた学習
言語通訳は、起点言語のテクストを(見)聞きして内容と意図を理解し、それを記憶したあと、目標言語で意味をなすメッセージとして再構築・再表現するというプロセスをたどります。すなわち、言語通訳をするには、起点言語、目標言語双方について、かなり高い言語運用能力が必要となります。


さまざまな難易度、ジャンルのトピックスの素材文を訳してみることで、学習者は自身の日本手話の言語知識の「穴」を埋めて、言語運用力を高めていくことができます。
また、第二言語として日本手話を流暢に使えるというのは、言語知識を無意識的に使う力(自動化)が高いということです。母語/第一言語である日本語を聞く・書く・読む・話すとき、いちいち文法を意識することはありませんし、一語ずつ区切って意味を考えてつないでいくこともしません。日本手話の理解や表出においても自動化を高めていけるように、言語処理プロセスに一定条件の負荷をかけることができる、ディクテーション、シャドーイング、リプロダクション、サマライジング、クイックレスポンス、サイト・トランスレーションといった音声言語の通訳訓練法を応用して学習に取り入れています。

4)内容言語統合型学習(CLIL)
「日本手話と日本語の違いを学ぶ」(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)の授業では、本物感(Aucenticity)のある素材を使用し、日本手話を使いながら学び、学びながら使うことに重点をおく内容言語統合型学習(CLIL:Content and Language Integrated Learning)を取り入れています。例えば、「小学校低学年段階のろう児の言語発達の特徴を把握し、子どもにとって理解可能な伝え方を知る」というテーマで、各自、ろう児が手話でやりとりしている映像を見たり、関連講義で学んだ聴覚障害児の発達に関する知識を振り返ったあと、グループごとに、新型コロナウィルスの感染の流れと予防について、設定された対象学年のろう児向けにスライド資料や寸劇などを折込みながら手話でお話をする、というプレゼンを行います。この学習活動には、Content、Cognition、Communicaition、Cultureという、CLILの特色である4Cが含まれています。 


「日本手話と日本語の違いを学ぶ」(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)の受講者は、大学卒業後、学んだ日本手話を最も多く活用する場面として聴覚特別支援学校の教育現場が想定されています。言語能力は、場面への依存度が高く生活場面での会話を中心とした生活言語能力(BICS:Basic Interpersonal Communication Skills)と、認知的負荷が高く抽象的な言語操作を可能とする学習言語能力(CALP:Cognitive Academic Language Skills)に分けることができますが、教科学習に必要とされるのは学習言語能力であり、教師の日本手話スキルは、ろう児の学習言語能力を育てることができるレベルのものでなくてはなりません。「日本手話と日本語の違いを学ぶ」(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)のCLILでは、母語/第一言語である日本語も活用しながら、日本手話を使って学習活動を行うことで、教科指導が可能なレベルの日本手話を身につけていきます。


手話通訳の資格取得を目指す学生への指導

手話通訳士、各地方自治体の登録手話通訳者の資格取得を目指す学生向けに、実技試験対策を兼ねた指導を行っています。通訳練習には、資格認定試験で出題された過去問や、習得不十分な言語知識を含む素材を用います。指導では、1人1人の学生について、手話通訳スキルの伸び悩みの背景要因を、「日本手話の理解と表出のスムーズさ」「通訳内容に関する知識(世界知識)」「通訳に関する宣言的知識(※1)と手続き的知識(※2)」の観点から探り、弱点を克服するための学習内容やトレーニング方法を、個別に提案していきます。

※1 宣言的知識:事実や原理、概念などに関する知識で、言語化して説明することが可能なものが多い。例:手話通訳者の職業倫理
※2 手続き的知識:やり方(procedure)に関する知識で、身体で覚えているものが多い。例:「日本語を聞いて理解する」「日本手話に訳出する」を同時に行うことを可能にする注意配分の割合。