ご挨拶

手話サポーター養成プロジェクト室長中野 聡子
生活も仕事も手話が主要なコミュニケーション手段である私にとって、流暢に手話が扱える人が身近にいないこと、手話通訳者がいないことは、まさに死活問題です。
「大学教員の仕事」と聞くと、学術的な内容の手話通訳を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし実際には、各種会議への出席、学生対応、来客との打合せ、電話でのやりとりなど、多岐にわたる業務が日々求められます。これらの通訳をするには、大学の制度や教育カリキュラム、各種規則に関する知識、さらにはICTリテラシーも欠かせません。電話でのやりとりには、対面通訳とは異なる配慮が必要です。また、ろう者が話し手として場をリードしたり、議論を主導したりすることも少なくなく、日常生活場面の通訳とは大きく異なる対応力が求められます。
大学で働くようになってから、手話通訳者の方々に対して、こうしたニーズの違いや通訳に必要な配慮について少しずつ伝え、良い手話通訳のあり方を共に追求してきました。一方で、学術的な通訳に対応するための研修やワークショップも開催してきました。
しかしその過程で見えてきたのは、専門用語や内容の難しさ以前の問題として、日本手話の基礎が不十分なこと、どんな事前準備が必要なのかがわからないまま語彙や表面的な意味だけで訳していること、コミュニケーションの本質を考慮せずに対応していることなどが、うまく通訳できない背景にあるのではないか、ということでした。手話通訳者の立場にたってみると、これらは厚生労働省の手話奉仕員・手話通訳者養成カリキュラムにおいても、現役手話通訳者の研修にしても、ほとんど学ぶ機会のないことばかりです。
こうした課題に気づいたことをきっかけに、私は、第二言語・外国語教育の観点に立って日本手話教育に取りくみ、また音声言語の通訳理論を応用した手話通訳教育にも関心を深めていきました。 現在、日本には手話通訳を専門的に学べる学部・学科・専攻をもつ大学はありません。これはつまり、手話言語や手話通訳教育において「大学品質」のカリキュラム、授業、教材、評価方法を開発・実践できる学術研究者がほとんど存在していないということです。
そのため、群馬大学で日本手話・手話通訳教育を展開する際には、モデルとなるものが一切なく、すべてを一から作り上げる必要がありました。
2023年度からは、社会人を対象とした「日本手話実践力育成プログラム(履修証明プログラム)」を開講しています。双方向性・リアルタイムのオンライン授業形式のため、居住地域を問わず全国から受講が可能です。毎年、受入定員を大きく上回る応募があり、受講者からは「唯一無二のプログラム」と高い評価をいただいております。また、授業の一部を一般向けに開放しているオンデマンド公開講座は、年間1,000人以上の方に受講していただいており、「大学品質」の日本手話・手話通訳教育に対する社会的な評価が一定程度得られていると感じています。
もちろん、解決すべき課題はまだ山積しています。私たちは、日本手話・手話通訳の学習者が短期間で確かな成果を出せるような教育のスタンダードを確立し、全国規模で質の高い手話通訳者を育成していくことを目指しています。
今後も、群馬大学は日本手話・手話通訳教育のフロントランナーとして、挑戦を続けていきます。