群馬大学 手話サポーター養成プロジェクト室

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ろう教員が語る群馬大学の手話・手話通訳教育

「これぞ群馬大学の手話通訳教育!」(アドバンスコース)

1.アドバンスコースとは

群馬大学では、履修証明制度を活用し、社会人・学生の方が群馬大学に入学をしなくても、本学の日本手話・手話通訳教育を受講することができる日本手話実践力育成プログラムを実施しています。本プログラムは、文部科学省職業実践力育成プログラム(BP)の認定を受けています。 コースは2つ。手話奉仕員の資格取得ができるベーシックコースと、手話通訳者全国統一試験の受験資格が得られるアドバンスコースです。これらは厚生労働省の手話奉仕員・手話通訳者養成カリキュラムの基準を満たしています。

アドバンスコースは、平日夜間のオンライン授業が週1コマ・90時間、オンデマンド授業が30時間、1年半のコースです。

群馬大学 日本語手話実践力育成プログラム
アドバンスコース

2.現在の手話通訳事情

手話通訳は、ろう者の社会的生活から職業上のコミュニケーションまで幅広く求められています。ICTの進歩に伴って遠隔手話通訳も可能となり、また2021年7月から公共インフラとしての電話リレーサービスも始まりました。そのようななかで懸念されるのは、手話通訳者の高齢化や通訳の質の問題です。

厚生労働省による「若年層の手話通訳者養成モデル事業」も行われていますが、群馬大学のように、通訳理論やコミュニケーション論を専門とする大学教員が、大学の正課の授業として手話通訳養成を行うケースは、まだまだ少ないのが実情です。

3.手話通訳教育の前提

(1) 音声言語の通訳理論・通訳訓練法の導入

日本手話も言語の1つですから、群馬大学の手話通訳教育では、音声言語の通訳理論・通訳訓練法を積極的に取り入れています。パリ第三大学通訳翻訳高等学院(ESIT)の流れをくむ著者が書いたものは、手話言語・音声言語にかかわらず、通訳の本質を突いています。

(2)通訳学習と言語能力

ヨーロッパの大学では、音声言語の通訳訓練を始めるまでに、CEFRのC1レベル以上の言語能力が必要だとされています。ヨーロッパでは言語距離が近いため、日本で同じように考えるのは難しいのですが、日本の英語通訳を例にとると、B1〜B2レベル以上から通訳訓練を始めるケースが多いようです。

(3)日本手話教育の見直し

現在の厚生労働省手話奉仕員養成課程は修了段階でCEFRのA2レベルにすら達していません。そのことを象徴するのが目標とする習得語彙数の少なさです。これでは、通訳の訓練を始められません。そのため、群馬大学では、まず日本手話習得課程の「到達目標」「授業」「学習内容」を大きく見直し、CEFRのB1-1レベルまで到達できるようにしました(詳しくはベーシックコースの紹介動画をご覧ください)。

言語習得と通訳養成の両方に通じている教員がいるからこそ、日本手話学習と手話通訳学習がシームレスにつながり、通訳教育課程においても、無理なく日本手話スキルも通訳スキルも伸ばしていけるのが特徴です。

4.手話通訳教育で大切にしていること

(1)通訳の本質に基づく訓練

群馬大学では、通訳の本質に基づく指導を大切にしています。ダニッツァ・セレスコヴィッチの「意味の理論」に基づいた通訳を行うこと、そして「理解」→「保持」→「再表現」という通訳のプロセスに焦点をあてることを前提として、以下3つの学習に力を入れています。

群馬大学の手話通訳教育
(2)日本手話のスキルの向上

通訳は人間の認知能力の限界ぎりぎりのところですばやく処理をしなければなりません。通訳練習の中で、日本手話のスキルも伸ばし、なおかつ通訳スキルも伸ばすというのは難しいと言えます。そもそも、通訳は「再表現」であり、原文の内容を別の言語での自然な表現にするため、通訳者には自発的な文を作ることが求められます。例えばETC割引の手続きについて、通訳者自身が順序立ててわかりやすく説明できる力がなければ通訳はこなせないのです。群馬大学の手話通訳教育課程では、通訳訓練とは切り離して、スピーチ、プレゼンと質疑応答、ディベート、インタビューといった、日本手話のスキルをさらに高めるための言語活動に力を入れています。

(3)通訳のプロセスを分けた訓練

具体的には、「理解」と「再表現」に分割して訓練を行います。
「理解」では、通訳者として話者のメッセージが伝える意味をしっかり捉えられる「聞き方」を身につけます。音声を聞きながら、あるいは手話を見ながら、一定の長さのメッセージを、段落と各段落の要点に分けて、再現していく練習を半年間かけて行います。
「再表現」、つまり通訳練習では、「『聞く』」「理解」「保持」「再表現」の各要素に対する注意配分と、「『聞く』」「話す」のタイムラグの調整に焦点をあてながら、スムーズな通訳作業を行えるように「手続き的知識」を身につけていきます。

「聞く」と「話す」のタイムラグの調整
(4)デマンド・コントロール・スキーマ(DC-S)の導入

デマンド・コントロール・スキーマ(DC-S)は、特にコミュニティ通訳において、通訳者が職業倫理に則った効果的な判断を行えるようにするための枠組みです。手話通訳者は現場において、通訳のこと以外にもさまざまな判断を迫られます。このとき、規則ありきの義務論ではなく、ろう者・聴者の双方にとって円滑なコミュニケーションが成立するためのベスト、ベターな対応を考える目的論に基づいて判断を行わなければなりません。そのため、倫理綱領は大切ではあっても、1つ1つの通訳現場での答えを示してくれるわけではないのです。DC-Sは、通訳学習中の今というよりも、将来通訳現場に立ったときに活きてくるものですが、実習や現場経験が不十分ななかで、対人専門職として現場での判断を考えていくために、シナリオワークなどを通してDC-Sを学んでいきます。

5.聞こえる教員との協働

手話通訳教育課程では、ろうの教員だけでなく、聞こえる教員の存在や役割がとても大切です。特に、ろう者教員と受講者の間には、通訳サービスの消費者と提供者という利害関係があることに、私たちろう者教員はセンシティブであるべきだと考えています。ろうの教員と聞こえる教員それぞれにできることを活かしあって手話通訳者の養成に取り組んでいます。

聞こえる教員の存在

6.アドバンスコースに向いている人

(1)主体的な学び

アドバンスコースで教員が教えるのは、あくまでも同時通訳の基本的なテクニックと、自身の通訳に対する分析の仕方。いくら効果的な練習方法を教わっても、それを授業外で実践する姿勢がなければ通訳スキルは向上しません。学習の成功には、受講される方の主体性が大きく影響します。

(2)必要な日本手話スキル

アドバンスコースの受講にはベーシックコース修了相当の日本手話スキルが求められます。群馬大学の公開講座「日本手話の文法を学ぶ」の文法問題に正解できる程度の文法性判断力、「理解」「産出」「やりとり」「仲介」において、CEFRのB1-1レベルの日本手話コミュニケーション力を目安としてください。アドバンスコースでは文法試験に加えて面接試験が行われます。面接試験では、全国手話検定試験1級レベルのスピーチや質疑応答を行える力が必要です。

地域の手話奉仕員・手話通訳養成講座は、これらに達していないことが多いので、ベーシックコースから始めてアドバンスコースに進むことをおすすめします。

日本手話実践力育成プログラムの最新情報はこちらをご覧ください。


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